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摂理の大阪大学ブログ

阪大で学びながら〜親は良くなることを願う~

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阪大に入学してから

親に言われていたことの一つが

「宗教に気をつけなさい」でした。

!!!!!

バイブルスタディーで学ぶ話は

自分にはとても興味深くて面白かったし、

最後まで聞いて確かめたかったし、

しかし……親には何と説明しよう……

と少し悩みもしながら学んでいました。

 

数カ月間で最後まで聞き、

いったん、ついていく決心がつきました。

そしてさらに数カ月後、

鄭明析(チョン・ミョンソク)先生に初めてお会いしました。

写真ではなく、立体的に実際に動いている先生でした。

自分の場合は、先生にお会いした時に

はっきりとした悟りがあり、

地に足が着いたように、心が定まりました。

 

ダビデは

「神よ、わが心は定まりました。わが心は定まりました。わたしは歌い、かつほめたたえます。わが魂よ、さめよ。」(詩篇108篇 1節)

と神様を褒めたたえましたが……

自分にも心を定めるターニングポイントがありました。

 

そして「わが家のいい子ちゃんたち」と肯定的に見ながら

子供たちを情深く育ててくれた肉体の親に対しては

親は自分のことを自らのことのように思って愛していて

本当に良くなることを願っていることを分かっており、

そして自分がここでバイブルスタディーを学び、

自分をより良くつくっていくことは

天の神様も自分を愛して願っていらっしゃることだから、

より良くなっていくという点において、一致していること、

肉体の親の願いと神様の願いの方向は

良い方向に向かう点では一致しているのだと分かるようになりました。

そしてこれまで親から受けてきた愛は

神様が親という肉体を使って自分を育ててくださっていたことでもあったんだと

分かるようになりました。

 

親とは、この地上での親子の愛が大きく、

神様との愛はこの地上でも、そして肉体がなくなってからも続く愛でした。

そして自分の親もまた、神様から見たら、神様の愛する対象なのでした。

神様は全ての人間を愛で創造されたのだから。

ただ、親にすぐに話すと、

よく分からない場合、誤解が生じ、

心配させてしまってはいけないとも思いました。

今は誤解のないように、少しずつ話している状況です。

 

旧約聖書の中で、ソロモンの言葉で、

「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に、」(伝道の書12章1節)

というのが当時、心に留まりました。

 

学校では学問を学びます。

しかし、どう生きるか、人生とは何なのか、

知らなければ知らないまま年月が過ぎていっても

もしかして学問として学ぶこと以外に、

人として生きる上で実は核心的で重要なことを

80歳、90歳になってから知ったなら……。

 

孔子は

「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」との言葉を残しました。

肉体が死んでしまってからではなく、

生きている間に、意識がある間に、

もし重要な「道」を聞いて悟ったなら、本当に大きなことだと思います。

それくらい大きなことだと強調して、

このように表現したのだと思うのですが、

もし可能ならば、ソロモンが言うように

若い時にそれを知って、

それを肉体をもって行う時間があるなら、

さらに良いのではないかと思いました。

 

学生として学問を学びながら、

御言葉では自分の人生、生き方について学ばせていただき、

若い時にそのように導いてくださった神様に

感謝する言葉しかありません。

自分が御言葉を学ぶ前と、学んでから過ごしてきた今を見たとき、

神様から見ても、肉体の両親から見ても

良くなったと見てもらえていることを願いつつ……。

(つづく)

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