摂理の教会に通う大阪大学の学生やOB・OGが綴ります|キリスト教福音宣教会

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CGMの大阪大学ブログ

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目次

1.悪評の実態

2.〇〇〇のような生活

3.世界一のおひとよし

1.悪評の実態

キリスト教福音宣教会(通称 摂理)は

メディア等々でいろんな悪評があります

悪評の中身ついては

「意外だった」というのが個人的な感想です。

その理由は

キリスト教福音宣教会(せつり)の教祖と言われている

鄭牧師の印象が

あまりにも素朴だったからです。

悪く言われてる記事を読んだら

一体どんな人かと怪しむと思います。

ここでは私個人の鄭牧師の印象を紹介します。

2.〇〇〇のような生活

正直なところ、彼は牧師というより修行僧のようです。

信じてる対象が

仏様ではなくて、神様なので

正確には修行僧ではないですし

頭も剃っていませんが、

その生活がまるで修行僧です。

悪く言われる前も

悪く言われてる最中も

悪く言われた後も。

今も悪く言われてるとしたら、

現在進行形で修行僧のようです。

夜明けなのか

夜中なのかよくわからない

まだ夜じゃないんですかぐらいの時間帯から

夜明けまで何時間もお祈りしていたかと思えば

いつの間にか

何時間も説教を書き続ける。

そして、

何時間も木々や枝の剪定、

大きな石の手入れ

道や家の周りを綺麗に掃除していたり。

何時間も運動していたり。

もう何時間も作業して、運動もしたし、

そろそろ帰るのかなと思ったら

「神様が過去、このように助けてくださった」

という感謝の話が止まらない。

どこかのお寺のお説法のように

とつとつと、しみじみと語ります。

さあ、そろそろ終わるかなと思ったら

「今から神様に感謝しよう」と言って

賛美が始まります。

「鄭牧師の神様への感謝はいつ終わるんでしょうか……」

初めて会った当初も

今も変わらない生活スタイルです。

何時間もお祈りしたり

何時間も外で作業したりスポーツをすることは、

そういう生活に慣れてない私にとっては

もうそろそろ休憩しましょうって何度も声をかけたくなります。

当の本人は心から喜んでやってるので

修行に見えても修行ではなくて、

どこか心の奥からにじみ出る感謝を感じます。

鄭牧師ご自身が、寝る間を惜しんで動かれる方ですが

他人にそれを強要されることはありません。

私たちには各自の社会生活の中で

自分の位置で神様を愛して生きていこうと

伝えて来られています。

3.世界一のおひとよし

摂理を離れる人たちの理由はそれぞれです。

生活が忙しい中で信仰生活まで送るのは負担だったという人

教会内の人間関係がきっかけで通いづらくなった

自分には摂理の説教内容はしっくりこなかった

自分の生活には宗教がなくてもいいと思った

自分や家族の状況の変化で足が遠のいた

様々な事情がありますが

この人は摂理に通っていると

第三者から家族や大学に突然連絡が行き

様々な誹謗中傷を受ける中で

プライバシーや安全を脅かされた恐怖感により

離れるしかなかった方々

それらを間近で見聞きしたことで

自分や家族にも害が及ぶかもしれないからと

自分と家族を守るために離れた方々が

多かったことをご存知でしょうか。

それらの理由をあげて

摂理を離れたと話すなら理解ができますが

なぜ

わざわざ事実ではないことが取り上げられたのでしょうか

過去、メディアでは大勢の女性に囲まれてる様子が

クローズアップされていましたが

あの場所には男性も大勢いたはずなのに

大勢の女性に囲まれる状況だけを切り取って

そういう記事を載せると

それらしく見えますし

そう思ってしまっても不思議ではありません。

しかし、鄭牧師の性格は

一体どうやって育ったら

そんなに素朴で純粋で

人を疑わずに生きてられるんですか

という印象の人です。

事実ではない情報をもとに

いろいろ言われているにも関わらず

「知らないで悪く言う人も多いからお祈りしよう」という鄭牧師。

人生の大事な10年を

過酷な刑務所で過ごし

ようやく生きて出られたというのに

事実とは違うことを

事実かのように話し

今も悪く言う人たちのためにお祈りをしようと言う鄭牧師

彼は一体どこまでお人好しなんだろうかと私は思います。

過去にキリスト教福音宣教会(摂理)に通っていた方々は

彼が誰かのことを攻撃するようなことはしない

よく知っていると思います。

誰かを攻撃するようなことをしないということは

平和なやり方でとても安心です。

と同時にそういう人は

反撃のリスクが少ない相手と見られる可能性があります。

なぜ、わざわざ事実ではない内容を広めなければいけないのか

そこが見えてくると

悪い噂の裏には一定の法則がある(くわしくはこちら)ことがわかってきます。

それが見えてくると

悪い噂を広めなければいけない事情がある方々のために

お祈りしようという鄭牧師の心が見えてくるように思います。

もしも、嘘の情報を流したくなくても

流さなければ自分を守れない状況があったり

事実ではないと承知の上で

黙認しなければならない

何かしらの事情があるのだとしたら

その人たちの状況は

もしかしたら辛く過酷なのかもしれません。

誰も傷つくことなく

誰も攻撃する必要のない

そういう世界が訪れることを切望し

一日も早く

真実が明らかになることを祈ります

あなたも同じ環境、

立場に立たされたら同じことになる。

あなた自身を許すように

その人も許してあげなさい。

摂理の鄭明析牧師

天のことば 私のことば より

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